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インボイス制度開始!一人親方・建設業が行うべき注意点とは
目次
2023年10月1日にインボイス制度が開始され、それまで免税事業者だった方も様々な対応に追われているのではないでしょうか。
その中でも建設業界は「一人親方」といわれる個人事業主が多く、かなり大きな影響が予想されていました。
この記事では、インボイス制度開始が及ぼしている一人親方と建設業への影響と、今後考えるべき対策について解説します。
インボイス制度が建設業界に与える影響
国土交通省が2020年に公開した「建設業の一人親方問題に関する検討会」の資料によれば、建設技能者の15.6%は一人親方であるとされ、その数は約51万人にも上ります。
一人親方のほとんどは消費税の免税事業者であることから、インボイス制度が与えたインパクトの大きさが分るでしょう。
ではスタートしたインボイス制度が、建設業界と一人親方へ与えた影響について、改めて考えてみます。
建設業界に多い一人親方とは?
建設業の古い慣習でいえば、親方のもとで見習いからスタートし職人と認められ、やがて独立して一人親方になるものとされてきました。
例えば大工職人の場合、一人親方になるまで10年の経験が必要とされ、独立後は自らが親方となり職人を育て、その技能を伝承するものです。
ところが近年は、このような伝統的な技能の伝承という文化は薄れ、会社勤めと比較される「働き方の一形態」という意味合いが強くなっています。
つまり個人事業主として請負という形態はとっているものの、報酬は日給月給制で支払われる、被雇用者的性格の強い一人親方が増えていると指摘されています。
実際に一人親方として働いている方の中にも、まるで勤め人のような感覚でいる方もいるのではないでしょうか。
偽装請負が多いと言われる一人親方の実態
建設業界で一人親方が多くなっている背景には、建設事業者が法定福利費等の労働関係諸経費の削減を意図して、形式上だけ一人親方として独立させる「偽装請負」があると指摘されています。
事の良し悪しを別にすると、確かに事業者にとって社会保険料等の負担は決して軽いものではなく、そこを逃れる手段として一人親方が利用されているのです。
ところがインボイス制度が導入されると、消費税を誰が負担するのかという問題が急浮上しました。
一部ではインボイス制度によって経費削減効果が薄れるので、結果として「偽装請負」が減るのではという期待もされているようですが、正直それは疑問です。
なぜなら健康保険や介護保険、そして厚生年金の負担率は労使合わせて30%を超えているからで、それなら消費税の負担の方が軽いと考えられます。
深刻化する人手不足とインボイス制度
インボイス制度が開始され、今起こっている影響は以下の点だと考えられています。
- 一人親方が課税事業者になって新たに消費税を負担する
- 発注者が免税事業者への仕事を減らす、あるいは値引きを要請する
- インボイス制度への対応が困難なので一人親方が廃業する
ここで問題なのは、かなり前から指摘されていた「建設業従事者の高齢化」と、悪化し続ける「建設業の人手不足」です。
建設業界は、建設工事全体の約4割が4週4休以下で働いている「長時間労働の問題」や、若手が建設業界を敬遠することによる「高齢化問題」が悪化しています。
このようななか、インボイスを理由とした一人親方の廃業など一層の人手不足が懸念され、さらなる労働環境の悪化も心配される状況です。
つまりインボイス制度は弱い立場の一人親方だけではなく、業界全体に悪影響を与える問題だといえます。
一人親方がインボイス制度で考えるべきこと
インボイス制度が開始される前に、すでに消費税の課税事業者になった方のほとんどは、取引先企業から登録を要請されたのではないでしょうか。
令和8年(2026年)9月30日までは、一人親方へ外注費を支払った企業も仕入税額相当額の 80%を控除できるので、それ以降は影響も大きくなります。
つまりこの経過期間の終わりまで、一人親方への(課税事業者になれという)プレッシャーは大きくなることが予想されるので、これからどうすべきか考えてみましょう。
課税事業者か免税事業者かの選択
一人親方の平均年収は、大工の場合約383万円、電気工事士の場合約420万円、塗装工の場合約389万円、配管工の場合約411万円となっています。
これが課税事業者になった場合、大工を例にとれば約35万円の消費税を受取っていることになり、簡易課税制度を選択したとしても約10万4千円~14万円を納税しなければなりません。
仕事を失う、あるいは減ってしまうリスクを考えなければ、出費が増えるだけでデメリットしかないことが分かります。
そこで考えなければならないことは、課税事業者になるのか免税事業者のままでいるのかということです。
建設業界は、下請企業が複数存在する重層下請構造が特徴で、一人親方はその最下層にいます。
つまり一見すると一番立場の弱い存在ですが、一人親方がいなくなれば建設現場を維持できなくなるのも事実です。
無理に強気に出る必要はありませんが、仕事を請け負う単価について発注企業と交渉し、それによって課税事業者になるかどうかの判断をすべきでしょう。
自身の年齢や技能にもよりますが、自分の価値というものを見直す良い機会なのかもしれません。
一人親方から会社員へ戻るという選択肢
どちらかといえば企業の都合で一人親方が増えた現実を考えれば、一人親方というフリーランスを辞め会社員になるという選択肢もあります。
会社員になるということは、一人親方のような自由が効かなくなりますが、それまでより安定的に働くことができるのがメリットです。
インボイス制度の開始に合わせるように、一人親方が会社員に戻るケースも増えています。
これは人材確保を迫られている建設会社の思惑とも一致するので、以前よりその可能性は高くなっているのが現実です。
自身の働き方やこれからのキャリアを考え、会社員としての生き方も検討してみましょう。
かなり対応が難しい発注者の対応
「仕事を受けられなくなるかも」という一人親方の悩みも深いのですが、仕事の依頼が出来なくなるかもしれない発注者の悩みも大きいものがあります。
インボイス制度とは、分かりやすくいえば「免税事業者の消費税相当分も発注者が負担しろ」という脅しのような内容です。
そこで人手不足のなか難しい対応を迫られる、発注者のことについて考えてみましょう。
相次いで「綺麗事」を発表した大手ゼネコン
インボイス制度開始を前にした2023年5月、大手ゼネコンの鹿島建設はインボイス制度への対応について次のような発表を行いました。
- インボイス非登録を理由にした、発注取りやめや消費税相当額を支払わない行為をしない
- 課税事業者になった業者の価格交渉に応じず、一方的に従来の単価を据え置いた発注行為をしない
- インボイス登録の強要をしない
これだけを見ると、下請け業者の立場をよく考えた素晴らしい対応のように感じてしまいます。
鹿島建設に続いて他の大手ゼネコンも同様の対応策を発表したのですが、よく考えると大手ゼネコンは一人親方のような免税事業者の直接取引などほとんどなく、実質的にインボイスの負担を自社の下請け企業に丸投げしたものだといえます。
つまり臭いもの(消費税の負担)は、下へ下へと流されることになるのです。
結果的に一番苦労することになるのは、一人親方と直接取引をするかなり末端の建設事業者ということになります。
事業規模によっては簡易課税制度の有効活用を
建設業といっても、大手ハウスメーカーやゼネコンのような巨人から、売上高数千万円の事業者、そして数百万円で仕事を請け負っている一人親方まで様々です。
ちなみに2021年度の有価証券報告書を見ると、売上高上位の建設会社は以下のとおりとなります。
順位 | 企業名 | 売上高 |
1位 | 大和ハウス工業 | 4兆4,395億円 |
2位 | 積水ハウス | 2兆5,896億円 |
3位 | 鹿島建設 | 2兆797億円 |
4位 | 大林組 | 1兆9,229億円 |
5位 | 大成建設 | 1兆5,432億円 |
さすが大手だけあって規模が違いますが、実は中小企業庁「令和元年中小企業実態 基本調査(速報)」によると、建設業全体の平均売上高は1億7,457万円です。
この売上高にたいして一人親方への外注費がいくらあるのかは、企業によって変わりますが、その金額によっては「消費税の簡易課税制度」を上手く活用すると、大手企業から押し付けられる消費税負担を軽くすることができます。
もちろん子会社を設立するなど多少の事務負担は増えますが、一人親方などへの外注費4千万円を子会社に通すことで、年間109万円~145万円の節税が可能です。
もちろん負担がゼロになることはないのですが、一考の価値はあるのではないでしょうか。
インボイスの悩み事は税理士に相談しましょう
節税については、法律で認められたやり方で適正に行う必要があり、インボイスについてのお悩みは税理士などの専門家に相談してみましょう。
差し当たっては8%と10%という税率のままスタートしたインボイス制度ですが、この制度の狙いはさらなる複数税率の導入だと言われています。
ただでさえ手間が増えて大変なインボイス制度なので、一度将来予測も踏まえて税理士と対策を練ってみてはいかがでしょうか。
また取引先の一人親方の税の悩みについても、専門家を紹介することが助けになるでしょう。
まとめ
「ついに」という言葉を付けたくなるインボイス制度の開始ですが、今のところは目の前の対応に追われているのではないでしょうか。
ただ建設業界にとっては、人手不足に追い打ちをかけるような「悪い制度」であることは事実なので、業績に影響が出ないような対応が求められます。
文句を言っても始まってしまったことなので、自社の状況に合わせた対策を早急にとることが、今は何よりも大切です。
税理士法人サム・ライズ
代表税理士。
大原簿記学校法人税税法課専任講師を得て平成5年12月税理士試験合格、平成8年1月林税理士事務所を開業、平成16年12月税理士法人サム・ライズを設立。
税理士法人サム・ライズは、税理士顧問・創業支援・相続税・資金調達・無申告・税務調査立ち合い・クラウド会計・社会福祉法人など数多くのサービスで中小企業の皆様をサポートいたします。
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